製造業の国内回帰と新興国の賃上げラッシュ

松井利夫

 先日、中小型液晶パネルメーカーのジャパンディスプレイ社が今夏、製造工程を中国から日本に移管する方針を固めたと日刊工業新聞が伝えていた。報道によると、加工の高度化、中国での人件費高騰、操業環境等を踏まえてのことであり、組み立て、検査工程を海外から日本に移すのは異例なことである。中小型液晶ではパネルの高精細化などで作業が高度になり手作業では対応が難しくなっていることが関係している。このため日本において自動化の導入により生産の効率化とコストダウンを図ることにした。中国の人材定着率や賃金など労働環境を踏まえ、生産の「脱中国」を進めたいと考えた上での方針とのこと。

同じ頃、“新興国賃上げラッシュ”という日経新聞の報道があった。それによると、東南アジア各国やブラジルなど新興国が今年1月、公定の最低賃金を一斉に引き上げた。これは、外資系製造業の進出が急拡大し、製造現場の人手不足が強まったことによるもので、賃上げストの多発などを受け、新興国の工場賃金は2003年の2.2倍に高騰した、と報道している。この傾向は今後も加速する見通しであり、安い賃金のみに着目した製造業の「国際分業」は岐路に立っている、とも伝えている。

インドネシアでは「日系2社を含む10社が撤退を検討している」という話もある。一方、新興国の賃金上昇は製造業にビジネスモデルの変革を迫っている。進出先の賃金が上昇すれば購買力が高まり、コスト増加のマイナスを埋める可能性がある。トヨタをはじめとする世界の製造業は新興国への進出意欲をむしろ高めている。今後は、生産現場の自動化などで賃金上昇の影響を抑え、拡大する新興国の内需をどう開拓するかが企業の将来を左右するものと考えられる。

中国の全国人民代表大会は昨年12月、派遣労働者の「同一労働同一賃金」の原則を定めた改正労働契約法での決定を採択し、今年7月から施行されることになった。中国メディアによると、2008年の労働契約法施行以来、派遣労働者は大幅に増加し、生産職場などでは派遣労働が主力になる状況も出ていて、多くの企業が派遣労働者を低賃金で長期間雇用していることによる問題点を改善するため法改正を行った。

インドネシアは契約社員や非正規社員といった雇用の形態が多いが、インドネシアの労働法が厳しい解雇規定を定めているため正規に社員を雇用することを敬遠させている。つまり、社員を解雇するには、退職金と勤続功労金を合わせて最高賃金の19ヵ月分を支払わなければならないし、さらに、自己都合の退職者にも損失補償金が加えられるという。昨年10月には、待遇改善を要求して約200万人を動員するゼネストが実施されなど、昨年からデモが頻発。タイでは、昨年4月に最低賃金を約4割引き上げた。ベトナムも今年の1月に最低賃金を最大18%引き上げる方針である。東南アジアは、人件費高騰が続く中国一極集中を回避するための投資先として日系企業にも人気が高いが、賃上げラッシュのため、「想定外のコスト増」が生じ、企業側の警戒も強まっている。新興国の賃金上昇スピードは、多くの製造業企業にとって、予想をはるかに上回る勢いで進んでいるので労賃のみを重視した海外移転はもうどのような企業にとっても行き詰まってきているといえる。

以上、一連の報道を見てきたが、海外進出している製造業が賃上げラッシュという新たな問題に遭遇し、国内回帰という選択や、単なる「労働力供給地」から「消費地」としての見方に変えていく経営方針の転換が必要であるように思う。中小企業に対しては、このような状況がどのような影響を与えるか注目していきたい。

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