いつの世にも変わらぬ、企業にとって最も大切なこと。
- 2016/6/1
- 診断士の視点
中小企業診断士 菊地和志
人気ドラマで心に残った言葉「信用」
若い頃は、民放の月9ドラマなどのテレビドラマをよく見ていましたが、最近は、めっきりテレビドラマを見る時間が減ってしまいました。見たいと思う内容のテレビドラマが減ったことや、動画配信等の多様な選択肢が提供されるようになり、積極的にテレビを見ようとしなくなったことがその原因だと思います。
それでも、日常コミュニケーションの場で話題になることの多い、朝の連続テレビ小説や大河ドラマだけは欠かさず見るようにしています。
高い視聴率を記録して今春に放送を終えた朝の連続テレビ小説「あさが来た」は、配役の妙や演技の巧さ、ストーリー展開のスピード感に引き込まれ、毎回楽しみに見ていました。
放送時間帯やテーマ設定から女性ファンが多いと言われている朝の連続テレビ小説ですが、録画の普及や深夜・休日再放送の効果もあって、私のような男性ファンも増加していると聞きます。明治維新後の日本が急速に近代化し発展していく中で、逞しく生きる女性とそれを支える家族や周りの人々の姿を生き生きと描いたことが、歴史や経済に興味関心の高い中年男性の興味を惹きつけ、男女を問わない高い支持につながったのだと思います。
ドラマの中で私の印象に残っているシーンをひとつあげるならば、主人公の白岡あさ(モデルは広岡浅子)が銀行業を始めるにあたって、銀行の神様と言われた渋沢栄一にアドバイスを受けるシーンです。
「白岡さん、銀行経営において一番大切なものは何だと思いますか?」と問う渋沢に対して、あさは「お金ですか」と答えます。渋沢は諭すように「信用です。」と返しました。その言葉は、あさの大きな財産となり、その後の銀行をはじめとする様々な事業の発展につながっていくというものでした。
今の世では、業種や規模を問わず事業を行う上で信用は最も大切なことだと、経営者なら誰もが知っています。しかし、頻発している企業の不祥事を見ているとそうでもないような気がしてきます。
繰り返される組織的な不祥事はなぜ起こるのか
国内外の名だたる大手企業での不祥事が繰り返し報道されています。
燃費の不正表示や排ガスの不正データ、粉飾決算に不適切会計、工事や試験データの改ざん、食品の偽装等、様々な業種・業態で不祥事が起こっています。
商品回収や交換、賠償に掛かる直接的な損失だけでなく、企業ブランドの失墜はそれを上回る大きな損失を生じさせ、一つの不祥事が企業に与えるダメージは計り知れないものがあります。
一つの不祥事は、長年にわたり先人がこつこつと築き上げてきた信用を一瞬にして失わせ、その回復には長い年月がかかってしまいます。企業においてコンプライアンスが重要な経営テーマとして認識されるようになってから長い年月が経っていますが、いまだに不祥事が繰り返されるのはなぜなのでしょうか。
昨今の大手企業での不祥事を振り返ってみますと組織的な事例が多く報告されており、その原因として組織の集団浅慮(Group Think)が考えられます。
集団浅慮とは、1972年に社会心理学者のアーヴィング・ジャニスが提唱した概念であり、集団の圧力によってその集団で考えていることが適切かどうかの判断能力が損なわれた状況でなされた決定が、大きな過ちにつながってしまうことを言います。
集団浅慮は、集団の凝集性(集団の構成員をその集団にとどまらせようとする力)が高く閉鎖的な環境や外部からの圧力が高い状況等の条件が重なったときに生じやすいとされています。集団浅慮の結果としてリスキーシフトと呼ばれる現象が起こり、企業にとって非常にリスクの高い意思決定がいとも簡単に行われてしまいます。
集団浅慮を防止するためにアーヴィング・ジャニスは6つの対策を提唱しています。
- 対策1 リーダーがメンバーひとりひとりに批判的な目を持つ役割を割り振る。
- 対策2 リーダーは自分の意見や予測を最初は言わないようにする。
- 対策3 メンバーはグループの意見について信頼できる外部の意見を求めるようにする。
- 対策4 グループの議論には最低1名の外部専門家を交える。
- 対策5 最低1名のメンバーは、常に反対する役割を担う。
- 対策6 リーダーは外部からの警告を事前検討する時間を確保する。
6つの対策を日常の業務運営に組み込むことが、組織的な不祥事を未然に防止するのに大いに役立つと考えられます。
他山の石として自らの信用構築に活かす
組織規模の大きくない中小企業においても、集団浅慮に陥る芽はいくらでもあります。ひとたび中小企業で信用失墜につながるような不祥事が起これば、命取りになってしまうことは自明の理です。そうならないためには、集団浅慮を防止する6つの対策をうまく業務運営に組み込むことに加え、信用第一の意識を組織内の隅々に徹底的に行き渡らせ、行動規範化させる取組みが欠かせません。
経営理念は、その企業で働く人の思考や行動、全ての規範になるものとされています。
経営理念を組織に浸透させるためには、言語化し継続的に粘り強く働きかけを行う必要があります。
これまでに不祥事を起こした企業の経営理念や企業ビジョンの中にも、何らかの形で顧客第一主義やコンプライアンス遵守が掲げられていました。それにも関わらず、組織的な不祥事が起こったということは、言語化は出来ていたが日常行動での判断基準にはなっていなかった。つまり継続的な粘り強い取組みに不足があったのだろうと推察できます。
他社での失敗事例を他山の石として、自社における信用構築の取組について振返る契機としたいものです。
明治の世に活躍した女傑の物語は百年以上の年月を経た今でもそしてこれからも、企業にとって最も大切なことは変わらないのだ。ということを教えてくれました。