親族以外の社内人材への事業承継
- 2016/10/1
- 診断士の視点
経営者の高齢化により「次世代への事業の引継ぎ」が社会的課題と言われ始めてから数年が経過しました。「児孫のために美田を買わず」とは、西郷隆盛の言葉と言われていますが(諸説有り)、親が美田(事業)を子に引き継ぎたくても、様々な事情からそれが叶わない、といった事例を頻繁に耳にします。現実に、事業の引継ぎ先としては、「親族」よりも「親族以外」の方が多いというデータ(2014年版中小企業白書第3章第2節「事業承継」によると、親族以外への承継が57.6%(2012年時点)を占める)もあります。一括りに「親族以外」といっても、後述する幾つかのパターンに分けられます。今般は、親族以外の社内人材(役員や従業員)へ事業を承継するケースを中心に、承継に際してどのように準備するべきなのかを皆様と一緒に検討したいと思います。
「親族以外」とは?
親族以外の引継ぎ先としては、「社内人材の抜てき(親族関係には無い役員・従業員を後継者とする)」「外部人材の登用(社外から後継者を招へい(ヘッドハンティング)する)」「M&A(事業譲渡・合併)」などが挙げられます。
<引継ぎ先別のメリット・デメリットの一例>
メリット | デメリット | |
社内人材の抜てき
(役員・従業員から選ぶ) |
・自社の事業に精通
・性格や能力が既知 |
・適任者が見つからない
・他の従業員のやっかみ |
外部人材の登用
(ヘッドハンティング等) |
・適任者を広く選定
・新たな技術・販路の獲得 |
・企業風土に合うか未知数
・社内に基盤を持たない |
M&A
(事業譲渡・合併) |
・現経営者の株売却収入
・経営基盤の強化 |
・企業風土の変化
・雇用維持の可能性? |
自社の現状や業界の動向を見定め、適切な引継ぎ先を選択しなければならないことは言うまでもありません。
引継ぎ時の課題
親族以外への事業承継では、どのような課題があるでしょうか。2013年版中小企業白書によると、「借入金の個人保証の引継ぎ」「後継者による自社株式の買取り」「後継者による事業用資産の買取り」が困難であることなどが挙げられています。後継者候補の報酬や個人資産までも考慮した総合的な対策が必要となります。なお、M&Aは個人ではなく企業への引継ぎですので、別の課題があることを申し添えておきます。
関係者の理解
では、「社内人材の抜てき」の場合で特に準備すべきことは何でしょうか。一つには、「関係者の理解」が重要です。関係者とは、「現経営者の親族」「取引先(顧客や仕入先)」「金融機関」などです。
- 現経営者の親族の理解
後継者が主体的に意思決定するためには、自社株式を後継者に集中させることが最も重要です。そのためには、現経営者の相続人や株主である親族に理解を求めることが必要です。また、経営者として交代する間際になって、親族が後継者候補として名乗りを上げる事態になってしまったら、社内分裂となってしまいますので、そのようなことがないように地ならしや意思統一が大切です。
- 取引先の理解
「経営者の交代により経営方針や取引条件が大きく変更されてしまうのではないか」、といった危惧や不安感を取引先に抱かせないことが大切です。但し、経営者の交代は、従来のしがらみや悪弊を絶つには好機でもあるので、極端に不利な取引条件の見直しの協議を相手方に求めることは検討に値します。
- 金融機関の理解
経営者個人の資質や能力は、融資判断の重要な要素です。後継者候補が経営者として相応しい人物であるということを取引金融機関に認識してもらうことが肝要です。また、会社債務の連帯保証に関して新旧経営者の取扱をどうするかについても事前に金融機関と協議しておく必要があります。
後継者の育成
後継者の育成には5年から10年が必要、という意見が多いですが、どんなに切羽詰まっていても、最低3年は確保すべきです。また、育成過程で、後継者として相応しくないとの判断に至った場合に、後継者候補の選びなおしや、M&Aへ大きく舵を切ることになる可能性もあるため、早め早めの着手が大切です。後継者の育成方法としては、次のような手段があります。
- プロジェクトを任せてみる
後継者候補として選定した役職員に、新たな裁量を与え、結果が客観的にわかるプロジェクトを任せてみることが有効です。プロジェクトを推進する過程で、ヒト・モノ・カネ・情報を活用して成果を収めるプロセスを学び、経営者としての階段を一段ずつ登る後押しをするのです。これには、本人にリーダーとしての成功体験を得させると同時に、後継者としての資質と能力があることを社内外に認知させる意味もあります。
- 営業・製造・経理など社内各部門を一通り経験させる
会社を束ねる経営者としては、専門分野以外にも一定の知識と理解が必要です。各部門の責任者と同じレベルの専門的知識や技能は必要ありませんが、部門の責任者が何をやってるかわからない、あるいは何か言われたら太刀打ちができないようでは、会社の舵取りに失敗します。
- 現経営者が助言し、支える
経営者同様、後継者も社内で同じ立場の人間がいないため、やはり孤独になりがちです。後継者が判断に迷ったとき、目先の事象にとらわれず経営理念に立ち戻って右往左往せずに適切に社内を統率できるよう支えることが可能なのは現経営者です。但し、既に後継者に権限を委ねた事項について、現経営者が独断で判断を下してはなりません。役員や従業員が後継者を信頼しなくなり、事業が停滞するだけでなく、派閥抗争やお家騒動の源となってしまいます。
最後に
「事業承継」というと、これまでは親族への承継に関して多く語られてきました。また、中小企業のM&Aの仲介を専門的に手掛ける民間会社やコンサルタントも多く登場しております。今後は、「同じ釜の飯を食べてきた」社内人材を後継者とする事業承継の「第三の道」についても、いずれ多くの専門的な知見が公表され活用されることと思います。
多くの企業にとって、事業承継が現状維持に留まらず、飛躍の契機となることを祈って、締めくくりといたします。