「稼ぐ力」を強化しよう

中小企業診断士 杉野 眞

1. 中小企業の実情

アベノミックスにより大手企業は、順調に業績が回復した状態になってきていると言われています。ところが、中小企業を見てみると、アベノミックスで景気が上向いていると実感できない状況が続いています。政府の統計データでも同じようなことが示されています。図1は、中小企業の実態をまとめた2016年中小企業白書の売上高・業種別分解(2009年と2015年の増加分)を示すデータです。データを見ると、震災やオリンピックの特需などにより建設業の売上は伸びていますが、他業種の中小企業は、売上が横ばいか減少していることが示されています。

図 1 売上高 業種別分解 (2009年と2015年の第1-4四半期の平均 増加分)

さらに2016年中小企業白書の他のデータを見てみると、図2に示す中小企業が直面している経営上の問題点のデータでは、需要の停滞、競争の激化、仕入れや材料費の高騰などの経営上の問題点が上げられています。

図 2 中小企業が直面している経営上の問題点(2015年)

 

これらのデータから考えられることは、売上高の低迷、生産あるいは販売コストの上昇市場、及び市場での競争激化により、企業体質が弱くなってきている企業が増加していると推測されます。

2. 労働生産性の格差

従業員一人当りの付加価値額(付加価値 ÷ 従業員数)を示す労働生産性の指標を見てみましょう。図3は、2016年中小企業白書の中小企業と大企業の労働生産性の業種別平均と業種別従業者数の割合を示したグラフです。中小企業は、大企業と比べると労働生産性が半分以下になっています。中小企業が競争に勝つためには、労働生産性の改善が必要と考えられます。

図 3 労働生産性と労働構成比(規模別、業種別)

 

3. 「稼ぐ力」の強化に向けて

このように中小企業白書のデータから見えることは、厳しい競争に打ち勝つために、労働生産性などを上げ、利益を上げる「稼ぐ力」を向上させる必要があります。

では、「稼ぐ力」を向上させるにはどうしたらいいのでしょうか。ここでは、製造業の例にとって考えてみます。利益は、「販売価格」から「製造原価+営業費」(以降、総原価とします)を引いたものになり、総原価は、経費(営業費を含めます)、労務費、材料費で構成されています。売上が下がっている状況で利益を上げる(「稼ぐ力」を強くする)ためには、売上を上げるか総原価を下げる必要があります。つまり、総原価の構成要素である労務費、経費(営業費を含めます)を見直し、材料費の低減をする必要があります。なお、「稼ぐ力」を上げる際に、安全性や品質が下がったり、あるいは、納期が遵守できないことが起こると、信頼を失い売上の低下が起こり、元も子もないことになります。

稼ぐ力を強くするにあたって、初めに行うことは、総原価(総原価)の分析を行い「見える化」することです。見える化を行った後、経費(営業費も含めます)、労務費、材料費の削減策をそれぞれ考えていきます。

(1) 総原価の低減

①経費(営業費も含む)の削減

交際費、輸送費、外注加工費、棚卸減耗費、交通費、通信費、保険料などの経費を見直し、無駄な経費を削減することが必要です。削減に方法は、いろいろ考えられますが、たとえば、経費の項目を金額の大きい順に並べ、1位から順に削減方法を考えていく方法などがあります。

なお、経費削減にあたって、次のようなことを考慮する必要があります。

  • 従業員の労働環境、福利厚生費などの削減する際に、従業員のモチベーション低下にならないように配慮する。あるいは、従業員に無理を強いるようなことにならないようにする。
  • 営業費の削減では、売上が低下しないように配慮する。
  • 品質を落としたり、生産効率を低下させないようにする。
  • 法令に違反しない。
  • 削減理由を明確にする。

②労務費の改善

人を削減するのは最終手段になるので、まず、人の作業効率(労働生産性)を上げることを行います。労働生産性を上げるために、作業内容をよく理解し作業を観察して、段取り時間、製品の滞留時間、生産手順や作業工程などの無駄を見つけ出して対策をとることを行います。無駄追求の際、作業のビデオ撮影やストップウォッチでの作業時間計測などを行えば、無駄を見つけやすくなります。次に不良品の発生原因の追及を行い無駄な生産を低減するようにします。これらを確実にするには、従業員教育の見直しも必要です。

なお、自社製品の場合は、設計の見直しにより、製品構造の簡素化、部品形状や部品点数の見直し、組み立て性や加工性の改善を行うことも考えます。

③材料の低減

再加工できない不良品や余剰製品の生産は、材料の無駄や無駄な在庫ができ総原価を悪化させることになります。不良品の発生理由を明確にして、次から不良が発生しないようにすることが必要です。また、余剰製品も、発生した理由を明確にして次からは余剰製品の生産をしないように努めます。この活動を恒久的に行うために、不良品や余剰在庫の発生理由を見つけ出す仕組み作りも必要です。

なお、発生した不良品や余剰製品は、売却(製品または材料)や転用などを行い、できるだけ廃棄しないようにします。廃棄処分は、最後の手段です。

(2) 売上改善

利益改善には、製品原価の低減でなく、売上の維持、可能なら拡大が必要です。売上の維持・拡大には、新規顧客の開拓、既存顧客への新規製品の取引のなどを常にしていく必要があり、このために、営業スタイルの見直し、営業の組織改善などを意識する必要があります。さらに、自社製品を持っている場合は、単価アップや販売個数の増加を狙うため、従来製品に変わる新製品の開発を行い、あるいは、新しい事業の立ち上げを行うことも考えます。

以上、製造業を中心に見てきましたが、小売業やサービス業でも「稼ぐ力」の強化には、同様のことが考えられます。たとえば、小売業では、取扱商品や展示方法などを見直して売り場面積当たりの売上高の増加、仕入れ個数の変更や仕入れる先の変更などにより仕入れ価格の改善、不良在庫の削減などがあります。サービス業では、接客方法も見直し、サービス手順の見直し、人員配置、従業員教育の見直しなどが考えられます。

4. 「稼ぐ力」強化の支援策

2016年7月1日より中小企業等経営強化法が施行されました。この法律は、国として中小企業・小規模事業者や中堅企業(以下、中小企業という)が本業での「稼ぐ力」の強化を支援する法律です。人口減少、少子高齢化の進展に伴う労働人口の低減や国際競争の激化等、中小企業を取りまく事業環境は厳しい状況にあります。中小企業の生産性向上を支援することにより、海外展開を含め、将来の成長・発展のための経営強化(「稼ぐ力」の強化)を図ることが必要になってきています。

(1) 中小企業等経営強化法のスキーム

図4に中小企業等経営強化法のスキームを示します。(出典:中小企業庁「中小企業等経営強化法について」)

  1. 事業分野別指針の策定
    事業所管大臣が事業分野ごとに生産性向上の方法などを示した指針を策定する。
  2. 経営力向上計画の認定
    中小企業は、自社の生産性を向上させるための人材育成や財務管理、設備投資などの取組を記載した「経営力向上計画」を各大臣に申請し認定を受ける。

図 4 中小企業等経営強化法のスキーム

(2) 経営力向上計画のメリット

国の支援策としては、次のようなことがあります

  • 固定資産税の軽減
    生産性を高めるための設備装置を新規に取得し、一定の要件を満たした場合、3年間、固定資産税を1/2に軽減する。(赤字企業でも可能)
  • 計画に基づく事業に必要な資金繰りを支援
    商工中金による低利の融資、日本政策金融公庫による低利融資、信用保証協会の信用保証のうち別枠の追加保証や保証枠の拡大などがあります。
  • 補助金における優先採択

(3) 経営力向上計画の作成手順

経営力向上計画の申請書は、A4用紙2枚で、その作成手順は次のようになります。

(読んで得する!ミラサポ総研「Vol.42 3つのIT導入支援施策で中小企業の経営力強化・生産性向上をバックアップ!」から引用)

  1. 「事業分野別指針」を読む
  2. 自社の置かれた環境を把握し、強み・弱みを整理する
  3. 「事業分野別指針」の中から、稼ぎのために何を行うべきか選択する
  4. 「経営力向上計画書」にまとめる
  5. 事業分野ごとの担当省庁に申請する

なお、経営力向上計画の期間や数値目標は、次のようになります。

  • 計画期間:3~5年
  • 数値目標:指定がない事業は、労働生産性を3年1%~5年2%

ここでの労働生産性は、
=(営業利益+人件費+減価償却費)÷労働投入量(労働者数または労働者数×1人当たりの年間就業時間)
となります。

なお、「稼ぐ力」の強化や経営力作成計画書作成で支援が必要な場合は、是非、かわさき中小企業診断士クラブにご相談ください。

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