中小企業がまず考えるべき知的財産とは?

中小企業診断士  島谷 健太郎

『特許』や『知的財産』といった言葉が新聞などのメディアに毎日のように顔を覗かせるようになって久しい。

中小企業が自社の技術の特許・技術を武器に、大企業と対等に亘り合うかのようなストーリーの小説がTVドラマ化されて話題になったことも記憶に新しい。それだけ、特許や知的財産という言葉はメジャーな存在になったとも言える。

確かに、筆者がある地域の中小企業・小規模事業者を仕事で回ったときに、非常に高度な設備を置いてある企業、あるいは、大手企業出身の高度なスキルや博士号をもった人材を擁している企業にいろいろとお目にかかった。

その分野に全く詳しくない筆者でも、先端的技術分野の技術力を有しており、このような企業が上述の小説にあるような中小企業に将来成長していくのかもしれない、などと思ったものである。

しかし、改めて考えてみると、先のメディアでも特許という言葉の前には必ず「○○業大手」などの言葉が共にあることが多い。

本当に知的財産は身近なものになったのだろうか?

中小企業の知的財産権への意識

そもそも知的財産とは何か?

以下は、「知的財産権、知的財産、知的資産、無形資産の分類イメージ図」である。

(出典:経済産業省)

図でわかるように、ブランドや営業秘密、技術・サービスに係るノウハウ等といった知的財産は本来、どこの企業でも保有しているものであり、制度として権利化が可能なものが『知的財産』である。

因みに、知的財産権の中でも技術アイディアを保護する特許権・実用新案権、デザインを保護する意匠権、商品・サービス表示を保護する商標権は『産業財産権』と呼ばれることもある。

ここで以下のグラフを見ていただきたい。わかるように中小企業の知的財産権の出願件数は圧倒的に商標の件数が多いのである。

(特許行政年次報告書2016 年版を基に筆者作成)

特許権や実用新案権は技術アイディアを保護する権利であるため、当然一部の業種による出願が多くなる。

一方、商標権は商品やサービス、会社名、ときにはコーポレートブランドといった自社のブランドの根幹を支える表示を保護する権利であり広い業種で使われるため、特許等出願よりも多いのは自然なことだろう。

したがって、実は中小企業や小規模事業者にとっても、商標は特許よりも身近な存在なのである。

中小企業等の商品等表示の事例

事例に移る前に商標とは縁のきれない不正競争防止法における商品等表示を簡単に説明しておきたい。

不正競争防止法は、特段、“○○権”という権利を発生させる法律ではないが、その保護するものに『商品等表示』があり、『商品等表示』とは『人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう』とある。

つまり、商品等表示は商標を内包し、当然『知的財産』である。

商標権や商品等表示が問題になったケースを以下に挙げよう。

ケース1

筆者の支援先(中小企業)から依頼をいただいて、商標の出願前調査を行っていたときのことである。ある商品分野を基に調べていたところ、検索をかけた商標に全く同じ商標A(権利を保有する会社はX)とB(出願中の会社はY)が出てきた。Aは登録されていて、Bは出願中であった。全く同じなのでBはAの登録により拒絶されていて、どうにも登録される見込みはない。

商標調査の経験がなくとも、ちょっと特許庁のデータベースを叩けば、本件の商標についてはすぐに登録商標Aが引っかかってくるはずなのに、なぜBが出願されているのか…と不思議に思ったのである。

実は、Bは非常に競争の激しい分野の商品名であり、Bを出願していたYは最近よくTVでも見るような話題の業界にある会社だった(対するXは、会社名としてAを使用している。)。

恐らく、登録商標Aの広い権利に対して、XとYとは事業分野が異なり、YがAの権利侵害をしたことによる利益があるのか、というところで、すぐに訴えるようなことにはならないだろうと踏んで出願したのではないかと思う。

そうはいっても、今でもBの商品名をネット検索すると直ぐ引っかかり、形式上は侵害の可能性も十分に考えられる。

中小企業の社長がコンプライアンスを気にし始めている時代であるので、大企業は尚更、気を付けていただきたいものである。

もっともYがライセンスなどを得ていれば話は変わるが。

ケース2

個人事業主のCさんはある地域で飲食店を始めようとしていた。数日後には、やっと念願の自分のお店が開けると意気揚々としていたCさんに、近郊の飲食店D店から“お手紙”が届いたそうである。

“Cさんのお店の名前は、この地域でよく知られているウチの店の名前と似ているから、その店名は使わないで欲しい”という不正競争防止法に基づく内容証明郵便である。

慌てたCさんは専門家を頼ったが、結局そのお店の名前を使えないということになったが、

それだけでは済まなかった。

困ったことには、Cさんのお店の名前は、看板はもちろん、食器類・メニュー表など至るところに入っていたのである。

Cさんとしては仕方なく、それらすべてを取り換えて何十万円という費用が余計にかかったばかりか、開店日も遅れてしまったので、相当の痛手を負ったことだろう。

本ケースは『商標権』の話ではないので、商標権の調査をしてみても、何も出てこないかもしれない。

しかし、もしかしたら法律リスクにもう少し敏感な事業者だったら、自社のお店の名前を考える段階で回避できた話かもしれない。

「法律なんて…」と無関心だったCさんが苦すぎる経験をしたわけである。

終わりに

このように特許(権)以外にも中小企業においても深く事業に関わる知的財産(権)がある。特に、商標などの商品等表示については、ネーミングといった事業や商品・サービスのコンセプトを表す重要な事業要素でもある。

確かに知的財産の保護にはお金がかかるし、かけたところでそれが利益を生む保証はない。

しかし、コンプライアンスと言われる時代であり、上述のように中小企業の社長も意識し始める時代である。その社長も権利をもってしてライセンスビジネスをしたいなどとは考えず、自社で考えた商品名が使えることだけを確保したいとのことである。

思わぬところで事業がつまずかないためにも、“知財なんて大企業のものでしょう?”とか“ウチは○○業だから、知財なんて関係ない”などは思わず、一度、知的財産(権)というのも考えてみてはいかがだろうか?

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