お金をおろせる券売機から学ぶ中小企業の新事業創出のヒント
- 2019/8/1
- トピックス
キャッシュレス時代にお金をおろせる駅券売機の驚き!
なぜ今「お金をおろせる券売機」??
今年5月東急電鉄が始めたキャッシュアウトサービスを知り、筆者が思わず発した言葉だ。
●●PayなどスマホQRコード決済が乱立し、キャッシュレス時代になぜ駅の券売機でわざわざ現金(銀行預金)を引き出すのだろうか。駅には既に銀行ATMが多数設置されているではないか...
出典:東急電鉄 https://www.tokyu.co.jp/tokyu/cashout/
このサービスは2017年に東急の社内起業家育成制度での提案「券売機などの施設を活用した新規事業」が発端という。ユニークな新規事業が生まれたれた背景をひも解きながら、中小企業に今必要とされる新事業創出の進め方についてヒントや学びを紹介したい。
全国に広がる中小の新事業創出支援
東急の新規事業を紹介する前に、新事業創出に関わる基本事項を整理しておきたい。
各自治体では中小企業の新事業創出に向けた支援を強化している。7月だけでも「大阪共創ビジネスプログラム」、「茨城県中小向け新事業創出支援(IoTやAI、宇宙)」、「仙台市中小企業新製品等開発補助金」など枚挙に暇がない。
川崎市は川崎市産業振興財団と連携し、大企業の開放特許を活用して中小企業の新製品開発を促進する「知的財産マッチング支援」を展開して来た。これまでに21件の製品化に成功し「川崎モデル」と呼ばれている。
筆者も8月から、鹿児島県主催の新事業開発人材育成セミナーに参画予定である。
出典:川崎市http://www.city.kawasaki.jp/280/page/0000017805.html
なぜ新規事業開発が必要なのか?
唐突な質問であるが企業の一番大切な目的は何か。
色々な意見があるだろうが、筆者は企業の存続であると考える。人々に必要なモノやサービスを提供し、儲けることで生き残り、世の中の動きに合わせて、買ってもらえるモノやサービスをまた作り出す。これを継続していくことが企業の社会的責任ではないか。
世界には6千社近い創業200年を超える老舗企業がある。その半分が日本企業だ。言わば日本は長寿企業大国である。研究によれば老舗企業の長寿の秘訣は、八割が家訓や伝統を守ること、二割は革新(イノベーション)と言われている。(韓国中央銀行、2008年)
企業存続が目的である一方、事業(製品やサービス)には寿命(ライフサイクル)がある。時代や消費者の嗜好の変化に伴って、これまで愛されて来た商品が飽きられてしまう陳腐化が起こる。放っておくと企業成長が止まり、衰退が始まる。
飽きられないように製品やサービスに工夫を凝らし、より良いモノに変えていく不断の努力が商いであり、継続的なイノベーション、新規事業が必要となる。
グローバルでの競争やSNSなどの情報メディアの急速な普及により陳腐化のスピードは早まるばかりだ。
イノベーション(革新)とは何か?
経済学者のシュンペーターによれば、イノベーション(革新)とはあるモノとあるモノの新しい組合せ、新結合と説いている。今までなかったものを生み出す「発明」とは異なり、大げさなものではない。
イノベーション(革新)=新結合(新しい組合せ)
身近な例で有名なものは、ハエ取紙や工業用のテープから女性たちに熱狂的な人気を集めるオシャレなマスキングテープを生み出した1923年創業の老舗企業カモ井加工紙だ。
出典:カモ井加工紙 https://www.kamoi-net.co.jp/
新規事業を成功させるカギ
資金や人的資源に乏しい中小企業が新規事業で成功する要因は、①自社が持つ強みを再認識、再確認すること、②顧客の困り事を注意深く観察しニーズを発見すること、③ ①と②の組み合わせにより、困りごとを解決する新しい商品やサービスを開発し提供することだ。
≪東急の強みの再確認≫
話しを「お金をおろせる駅券売機」の事例に戻そう。
東急の強みとは全85駅にある何百台もの発券機だ。時代のトレンドに応じてQRコードの読み取りなど多機能を備えていた。
≪顧客のお困り事の発見≫
この事例で最大のポイントは、顧客のニーズの発見だ。駅構内にATMを設置する銀行の事情や券売機を所有する東急の困り事に気づいた点にある。
① 銀行のATMを取り巻く事情
- メガバンク3行(三菱UFJ、みずほ、三井住友)のATM設置台数は合計で約2万台にもなるが、キャッシュレス化の進展でATMの利用は減少の一途をたどる。
- ATM 1台の価格は300万円と高額。警備費や監視システムだけで1台に毎月約30万円の費用がかかると言う。(2017/12/24付の日本経済新聞)
- 現金輸送や現金の取り扱い事務の人件費など、膨大なコストがかかっている。とりわけ、駅設置のATMでは警備業者が定期的に紙幣を補充に行く必要があった。
② 東急の券売機を取り巻く事情
- きっぷ販売が中心だった頃の券売機は硬貨の使用が多かったが、近年は定期券発売やICカードへのチャージで高額紙幣が投入される。硬貨はお釣りとして再利用できるが、お釣りとして使う機会のない最高額紙幣「1万円札」は、これまでは売上金として回収する以外に手立てがなかった。
- 銀行のATMと同様に券売機にたまった1万円札は回収のため警備会社に依頼して現金輸送しなければならず、コストや手間に加えてセキュリティー上のリスクがあった。
③ ウィンウィンの成立
- 駅設置のATMに警備業者が定期的に紙幣を補充にやってくる。一方、券売機にも警備業者が紙幣を回収に来ていた。この二つを統合すれば紙幣の「往来」が相殺され管理コストが大きく削減できる。まさにウィンウィンの関係が成立する。
上記は、『週刊ダイヤモンド2019.5.20 東急が「お金を下せる券売機」開発に至った深い理由』から筆者が抜粋し編集
今回は、中小企業の新規事業の進め方のヒントになればと思い、東急の「お金をおろせる券売機」の事例を用いて基本事項も含め紹介した。
まず自社の強みを見つめ直し、企業や市場の関係者(顧客)の困り事を注意深く観察することから新規事業の種を見つけて欲しい。その種がやがて大きな樹へと成長して行くことを願っている。
尚、新規事業開発に関するお悩みやご相談は川崎中小診断士会までお問い合わせ頂きたい。