変化の激しい時代にお客様中心に新商品・サービスを考える(デザイン思考)
- 2021/12/1
- 診断士の視点
中小企業診断士 西村 寿子
はじめに
多くのモノがあふれている現在、人々は本当に欲しい、共感できる、自分の好みに合うモノ、サービスしか購入しない状況になっています。また5G、AIなどの技術の進化や、SNSなどによる情報の流通の速さに影響を受け、人々のニーズは慌ただしく変化しています。さらにコロナ禍によるテレワークなどオンライン化の進行によるライフスタイル、価値観の変化も起きています。このような変化の激しい状況において、お客様に欲しいと思ってもらえる新しい商品、サービスを生み出すには、モノやサービス単体のスペックを中心に考えるのではなく、お客様を知り、お客様も気が付いていなかったニーズを発掘する必要があります。このような、お客様のニーズを発掘し新しい商品、サービスを考える際に使用される考え方として、「デザイン思考」があります。本稿では、デザイン思考とは何か、デザイン思考という考え方によって、新しい商品、サービスを生み出す方法の最初の一歩について説明します。
デザイン思考とは
最近、さまざまなところで目にする「デザイン思考」ですが、そもそも、なぜ「デザイン」なのでしょうか。工業デザイナーは以前より、人間の行動スタイル、不満、ニーズを観察し、その商品を実際にお客様に使ってもらう時のことを考えて商品の形状を決めていました。例えば、歯磨き粉の形状を今の主流となっている大きな蓋を台にして立てるスタイルにしたのも、歯磨き粉を苦労せずに最後まで使い切りたいというお客様のニーズをとらえたデザイナーの意図によります。また、デザイン思考を広めたIDEO社の会長ティム・ブラウン氏の著書によると、有能なデザイナーは「「技術的実現性」(現在またはそう遠くない将来、技術的にできるかどうか)、「経済的実現性」(持続可能なビジネス・モデルの一部になりそうかどうか)、「有用性」(人々にとって合理的で役立つかどうか)」の3つ制約を、基本的な人間のニーズに重点を置き、バランスをとり解決する、とあります。プリンターを例にすると、技術面だけ考え、印刷速度が速い、高解像度のプリンターを作っても、スマホやPCと接続しにくく、トラブルが起きても解決方法がわからないのでは有用性に劣ってしまい、売れない製品になってしまいます。そうではなく、お客様のニーズで一番大切なことは何か、トラブルなく印刷したいと思ったときにすぐに印刷できること、を中心に商品を考える必要があります。
デザイン思考のステップ
デザイン思考により、新商品、サービスを作り出す場合、スタンフォード大学のd.schoolでは、以下の5つのステップを踏んでいくことを提唱しています。
(1)共感(Empathize)
まず、検討するテーマ、商品、サービスを決めたら、そのテーマについて、お客様を共感できるまで観察、ヒアリングを行うなどで、課題、問題を知ることから始めます。BtoBのビジネスをされている場合は、実際のお客様や、同様な業種の企業にヒアリングするのも有効です。一般のお客様であれば、簡単にオンラインでアンケートができるサービスがありますし、ビザスクなどの、さまざまな業界の専門家に簡単にヒアリングできるサービスがあります。この時に大切なのは、共感することにより、お客様の本当に困っていること、望んでいることは何かを知ることです。自らお客様の立場に立ち、体験してみる、ということも有効です。
(2)問題定義(Define)
ヒアリングを行った後、複数の人数でブレインストーミングを行い、お客様が抱えている課題、問題、不満・不便と感じている問題は何か、を定義します。お客様のニーズには、商品を購入する動機となるエンドゴール、購入により感じたいエモーショナルゴール、最終的に達成したいライフゴールの3段階あるといわれています。単に購入目的だけではなく、購入により感じたいエモーショナルゴールまで考えて問題を定義したほうが、お客様の気が付かなかった問題を見つけることができます。例えば、任天堂のWiiは、従来の延長線上で、より高速に、高解像度で楽しくプレイをしたいという子供のニーズ(エンドゴール)だけでなく、子供がゲームに没頭して困る、家族で団らんしたいという親世代のゲームに対するニーズ(エモーショナルゴール)にフォーカスすることで、家族で遊べる新しいゲームを生み出すことができました。
(3)アイデア(Ideate)
問題定義と同様、ブレインストーミングで定義した問題を解決する商品、サービスについて検討します。ブレインストーミングをするときは、さまざまな切り口から、アイデアが出せるよう、多様な属性の人を集める方が望ましいです。また、ほかの人のアイデアに積み重ねる形でアイデアを出していくと、よりよいアイデアを出すことができます。まずはたくさんのアイデアを出し、それらをグルーピングし、よりよいアイデアに集約していく作業を行います。
(4)プロトタイプ(Prototype)
集約したアイデアを、他の人が想像、体験、共有、議論ができる形にします。プロトタイプと言っても必ずしもきちんと動くモノである必要はなく、その商品、サービスがどういうものなのかが伝われば十分です。ストーリーボードという4コマ漫画のような絵で表したり、商品の形状を段ボール紙などで作ったりしたもので構いません。デザイン思考を提唱しているIDEO社が作ったアップルコンピュータの最初のマウスのプロトタイプは、制汗剤のロールとバター皿を組み合わせたものだったといわれています。一番大事なことは、この後のテストで、ターゲット顧客に近い被験者の人に、考え出した商品、サービスが正しく伝わることです。
(5)テスト(Test)
プロトタイプを使って、ターゲット顧客に近い被験者の人に、ヒアリングを行います。段ボール紙で作ったものでも、物体があれば触って試してもらいます。子供の頃のごっこ遊びと同じで、その商品、サービスがリアルに感じてもらえるようにしながら意見を引き出します。
ここまで述べた5つのステップを、繰り返すことで、より商品、サービスを、お客様の問題解決になるようなものにしていきます。
デザイン思考の例
デザイン思考の例として、株式会社LABOTがカフェ向けに作った荷物が背中における椅子があります。カフェやレストランで、女性のお客様が背中にバックを置くシーンをよく見ると思いますが、その女性の行動を観察し、問題定義し、作られたのだと推測しています。
最後に
変化の激しい時代において、「デザイン思考」という、ある意味流行りのような言葉を使わなくても、まずお客様をよく観察し、話をすることでお客様の課題を知ること、多様な人々により議論することで、多様な見方、切り口でアイデアを作り出し、検証していくこと、それによって、お客様の問題を解決する、ニーズに合う、本当に欲しいと思ってもらえる商品、サービスを作り出していくことの重要性はますます高まっていくと思われます。大企業の場合、意見集約に時間がかかる、テストの実行までに多くの決裁が必要になる、試行錯誤しながら柔軟にやり直すことは難しいという状況があります。それに対し、お客様に近く、新しいことを試しやすい中小企業の方がよりお客様の細かいニーズに合った、新しい商品、サービスを生み出しやすいと思います。本稿で紹介したすべての取り組みを行うというよりも、お客様を観察し、ニーズを知り、お客様に問うてみるという考え方を少しでも取り入れるきっかけとなると幸いです。
【参考文献】
- ティム・ブラウン著「デザイン思考が世界を変える[アップデート版]」(早川書房 2019年)
- ジャスパー・ウ著 見崎大悟監修「実践スタンフォード式デザイン思考」(インプレス 2019年)
- 佐宗邦威著「デザイン思考の授業」(日経ビジネス人文庫 日本経済新聞出版 2020年)
- d.schoolサイト https://dschool.stanford.edu/