ウェルビーイングを高める経営の進め方

中小企業診断士・特定社会保険労務士 三澤 髙

1.はじめに

社会や働く環境が変化する中、「ウェルビーイング(well-being)」が経営の現場で注目されています。ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを指し、幸福や健康と訳されることが多くあります。このウェルビーイングの定義においてよく引用されるのが、世界保健機関(WHO)憲章の「健康」の定義です。“健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)“

日本の企業経営において個人の幸福や充実度が注目されることは少ない状況でした。しかし、働く人の価値観の変化、個人のワークライフバランスが見直される中、ウェルビーイングの向上を図りながら経営力を高める事が期待されています。

2.なぜ今、ウェルビーイングに注目する必要があるか

ウェルビーイングが注目される理由は諸説ありますが、次の内容が考えられます。

(1)働きがいの低迷

ウェルビーイングを心身の充実、幸福と考えると、職場での「働きがい」は重要な指標といえます。労働環境が改善する中、働く人の仕事への充実感や達成感といった「働きがい」が高まらない状況が続いています。従業員が会社を信頼し貢献したいと考えることを「エンゲージメント(engagement)」と呼びますが、民間企業が20~21年に実施したエンゲージメント調査(*1)によれば、働きがいを感じる従業員の割合は日本が56%と世界平均を10%下回る結果となっています。これは調査対象の23か国中最下位であり、6年連続とのことです。原因は様々考えられますが、日本企業の組織運営の改革の遅れがあるとの見方が多くなっています。具体的には、年功序列による組織不活性化、上意下達の組織風土、現場への権限移譲の停滞などが考えられます。従業員の働きがいは企業の業績にも影響するとされており、改革は待ったなしの状況です。

(2)人材不足や人材流動性の高まり

終身雇用はすでに過去の概念となり、若い世代を中心に転職へのハードルは下がり、人材の確保はますます重大な問題となっています。そのような中、若年層を中心に自身の幸福度を追及できる職場環境を求める傾向が強まっています。働き手の価値観、企業に求めることの変化が進み、ミレニアム世代では、就職先を選定する際に「企業の多様性、平等性、受容性についての組織方針」を重視していることが調査により分かっています(*2)。ワークライフバランスや多様な働き方が実現できる企業であれば、人材の流出を防ぐことができると同時に、優秀な人材の確保にもつながります。就職や転職活動をする際、以前のように報酬ばかりが重要視されているわけではありません。一人ひとりが自分らしい働き方を実現できる企業であることは、大きな強みとなります。

(3)多様性を認める社会

労働力人口が減少する中、女性活躍、シニア、外国人等の多様な働き手を活かす経営が必要です。従業員の会社への信頼度や帰属意識と組織の多様性の相関関係を表す興味深い調査結果があります。今後5年以上長期で就業する予定を確認した所、従業員構成が多用な組織で働いていると感じている従業員は69%が継続の意思があると答え、多様な組織ではないと感じている従業員は27%しか継続の意思が見られないというものでした。その差は40%もの開きがあり、多様性を受け入れる企業環境が、従業員の会社への信頼やその会社で働くことへの幸福感につながることがわかります(*3)。また、多様な人材が意見をぶつけ合うことでこれまでになかった視点の発見につながり、プロダクト・イノベーション(商品における革新)やプロセス・イノベーション(生産工程における革新)がうまれると言われています。結果、働き手のモチベーションが上がり、更なる好循環に発展します。

3.ウェルビーイングを高めるための経営の進め方

では、ウェルビーイングを高めるためにはどのような施策を行えばよいでしょうか。これは短期的に実現できるほど簡単なものではありません。経営状況、働く人の価値観は様々であり、労使が対話をしつつ、実態に合った施策が求められます。ここでは、コーチングやモチベーション理論等細かい内容は除き、概略を整理します。

(1)企業理念や戦略の再定義

新型コロナウイルスや海外情勢の不安定などを背景に、企業の存在意義を意味するパーパス(Purpose)に基軸を置いた経営モデルが注目を集めています。このような時代だからこそ、自社の存在意義を再確認して羅針盤とすることが求められます。良い会社になるには、目先の業績や理想論だけのきれいごとではなく、社会と共存しながら働く人のことを考えた制度や仕組みづくりがあってこそ人が集まり、結果的にステークホルダーの幸福につながります。労使が意思疎通を図り自社の存在意義、経営理念を共有していくことで、従業員の会社への理解と信頼が深まり、仕事へのモチベーションにもつながります。

(2)働き方改革の進化

働き方改革は、労働時間の削減に主眼を置いた「働き方改革フェーズⅠ」の段階から、付加価値の高い働き方の追求、及びメンバーシップ型からジョブ型の雇用形態への転換を図ることで、従業員のやりがいを高めていくことを目指す「働き方改革フェーズⅡ」の段階へとステージは変化しています。

フェーズⅠでは、長時間労働のための上限規制、年次有給休暇の時季指定を中心とした労働時間の削減等の対策がとられました。厚生労働省によると、労働者1人あたりの年間総労働時間は2020年に1,685時間と2016年比で5.5%減少しました。また、年次有給休暇の取得率は7.2%増加の56.6%と過去最高になっています。これらの数字より一定の効果が出ていることが分かりますが、規模、業種によっては対応しきれていない企業も見受けられます。2019年の働き方改革関連法の施行から3年超が経過しており、自社の状況がどうか、経営陣を中心に確認することが必要です。

続くフェーズⅡにおいては、テレワーク、副業・兼業、多様な雇用形態の導入、選択的週休三日制、及びフレックスタイム制等、柔軟かつ多様な働き方を導入することによる生産性向上や働きがいの向上を目ざしています。これらは、事業主の法的義務が絡むものでないため経営戦略・方針に合わせて検討、導入する事になりますが、その際、会社の実態に合った形で導入することが成功へのカギとなります。また、従業員に対して施策の目的を語る事や、言葉を尽くして説明することが重要であり、可能であればそれについての意見交換をすることが出来ればより効果的で、真の改革につながる施策となります。

(3)人事管理システムの見直し

(1)、(2)の対応に加えて重要となるのが、人事管理システムとなります。従業員は常に会社からの指示を受け、評価される立場にあります。いくら会社の理念が明示され、働き方が改善されても、曖昧な人事管理が是正され、有効な人事制度に基づく公正かつ平等な評価とその評価が報酬につながらない限り、従業員の納得性、満足度は上がらず、従業員全体の心身の充実、幸福は得られないといえるでしょう。自社の人事管理システムが時代に合っているか、会社の理念が反映されているか、管理職を含めた運営が整備されているか再確認が必要です。

4.おわりに

日本でも国の働き方改革によって、以前と比べると間違いなく働きやすい環境になっています。ただ世界的には、企業におけるウェルビーイングの追求はスタンダードになりつつありますが、日本ではまだ浸透していないのが実情です。長く続く閉塞感を打開し、経済の好循環を生み世界に追いつくためには、さらなる高次元の働き方を追求していく必要があります。従業員の健康と仕事・職場環境を整えることが、従業員のモチベーションアップ、ひいては生産性向上、企業力向上につながります。企業力がアップすれば、顧客にも還元できるといった好循環を生みだせ、会社を取り巻くすべての人が幸せになる仕組みが作れるはずです。

企業は大転換の真っただ中にいます。2022年6月に閣議決定された骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)に人への投資が盛り込まれたことから、今後ますます人的投資が活発になることが想定されます。企業の運命は人材の質で決まります。それを確保するには、今いる従業員が変わるための施策を講じるとともに、自律性や創造性に富んだ未来志向の人材が魅力を感じて集まるような企業改革が必要です。自社の長期的発展のために、企業と従業員がともに成長し合う好循環の構築に向けて自社に合った対策を検討してみてください。


*1:日経新聞(2022.5.1「働きがい改革」道半ば)
   人事コンサル大手(米コーン・フェリー)によるグローバル企業に実施した調査
*2:Pwcミレニアム世代の女性:新たな時代の人材(2015年)
*3:デロイトミレニアム年次調査(2018年)

関連記事

Change Language

会員専用ページ

ページ上部へ戻る