価格増額交渉の前提~納入先における自社のポジションの確認~
- 2023/8/1
- 診断士の視点
中小企業診断士 齊藤 拓
1 価格増額交渉に向けて
原材料高・円安・ウクライナ紛争・半導体不足・賃上げ・水道光熱費の増加などにより、多くの企業がコストアップに苦労されていると思われます。
経営は利益がなければ成り立ちませんし、その利益とは売上から経費を引いたものとなります。経費が増加すれば、それに応じて売上が上がっていかなければ、企業は生きていけません。
そうなると売上を上げなければならないのですが、売上とは自社の製品ないし商品の販売単価に販売数量をかけた、その総合計です。売上を上げるには、単価と数量のいずれか(あるいはその双方)を上げる必要があります。
しかし実際には、数量を増加することは、そのままコストアップになりかねない。最終的には単価を上げなければならないといことになりますが、これがなかなか難しいものです。
特に小規模製造業者の場合、納入先に単価の増額をお願いすることに抵抗を感じるケースが多いでしょう。一般的に
- 納入先は自社以外にも、複数の納入業者から部品なりを購入している。
- 自社の全売上の中で、特定の納入先に対する構成比率が高い
ような場合も多く、そのような場合ですと
「単価の増額を依頼した途端に、先方の購買担当者から『そんなことを言うならお前の会社とはもう取引しない。全額別の取引先に切り替える。』と言われてしまうのではないか。」
「そんなことになれば当社の売上は半減して、いよいよ立ちいかなくなる。」
という気持ちが先に立って、増額を申し入れられないということになりがちです。
※なおわかりやすいように、ここでは事業者から見たお客様を「納入先」、お客様から見た事業者を「取引先」と区別します。
2 自社のポジション分析
ここで前提として抑えなければならないのは、先ず納入先の購買担当者の心理です。数年前の「診断士の視点」にも記しましたが、購買担当者も実はそう簡単に、取引を打ち切れるものではありません。従来の取引先を新規の取引先に代えて、それで不具合が発生するようなことがあれば自分の責任問題になります。
ここで一度、納入先から見て自社は、すぐに打ち切りのできる存在なのかどうか、皆さん自身が納入先における自社のポジションを分析してみましょう。
たとえば自社・A社・B社の3社が納入先に同じ部品を納品しているとします。この場合、以下のような観点から自社の優位点を考えます。
- シェアは自社が30%、A社が40%、B社が30%。
- 取引歴は自社は10年、A社は相当長いから20年以上、B社は5年程度。
- 購買担当者の無理やお願い事は当社が一番聞いていて、B社もたまに聞くが、A社はほとんど対応しない。
- 購買担当者との人間関係は当社が一番よく、A社はうまくいっていない。
逆に言えばA社の担当者は取引が長いのにある意味甘えている部分がある。 - 価格は3社横並び。
- 品質的には3社ともそれほど大きなバラツキはない。
- 納期は全て午前中にFAXで受け取ったものを、翌々日納品。
このようなことは、無論購買担当者に尋ねても教えてはもらえませんが、長年の取引の中であれば、何かしら感じる部分があると思われます。
このような状況下で皆さんが納入先の購買担当者に、単価の増額を依頼した場合、その担当者はどう思うでしょうか。
「値上げに応じるくらいなら取引を打ち切り、A社とB社に集約するか」
と全く考えないといえば、ウソになります。しかしその後に、このような考えが頭に浮かぶと思われます。
「しかしここで値上げに応じず、A社とB社に集約しても、その後その2社が値上げを言い出さないという保証は、今の状況ではどこにもない。」
「2社に集約した後、A社から値上げを言われたら、いよいよB社に一本化しないといけない。そこでB社から値上げを言われたら、もう今度こそ対応しないといけない。」
「この会社が一番無理を聞いてくれる会社でもあるし、簡単に取引を打ち切る訳にはいかない。」
その後に「何とかして値上げに応じずに、取引を維持しよう」という考えになることも多いとしても、ここでのポイントは増額を切り出しただけで取引を打ち切るまでのことは、購買担当者はなかなかやりにくいということです。
小規模事業者が納入先と価格の交渉を行うのであれば、先ず「自社がどの程度納入先に必要とされているか」を、上記の視点から見直すことが第一歩となります。それを踏まえなければ、覚悟をもって「単価を増額していただけませんか」と言い出すことも難しいでしょうし、また交渉事ですから腰が引けたまま臨んでも成功する可能性は高いとは言えないでしょう。
3 終わりに
無論、取引を打ち切られてしまっては元も子もない以上、基本的には
「非常に申し上げづらいのですが、現在の状況ではこのようなお願いをせざるを得なくなりました。」
という姿勢を一貫し、絶対にケンカをしないことが鉄則です。
ただ前提として一度、上記のような視点から自社が納入先にどのように必要とされているのかを踏まえて、臨まれることをお勧めいたします。