経営者も例外ではない認知症

中小企業診断士・薬剤師 岩水 宏至

認知症とは

認知症とは、一度正常に発達した認知機能が、さまざまな脳の病気によって徐々に衰え、記憶や判断力などの認知機能が低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態のことをいいます。

認知症の原因となる病気にはいろいろありますが、もっとも多いのはアルツハイマー病で、認知症全体の約7割を占めます。アルツハイマー病では、脳に異常なたんぱく質がたまることで神経細胞が損傷され、小さく萎縮することで症状があらわれます。アルツハイマー病に次いで多いといわれているのは血管性認知症とレビー小体型認知症です。そのほかにもいろいろな病気が認知症の原因になります。

先進国の中で最も速く高齢化が進んでいる日本では、認知症を発症する高齢者が増加しています。2012年の厚生労働省の調査では約462万人(65歳以上の高齢者の約15%)だった認知症の患者数は、推計によると2025年には約700万人となり、実に65歳以上の5人に1人の割合になるとされています。

経営者が認知症になったときのリスク

医師から「認知症」と診断されると「意思能力が無い」、「意思能力が弱い」という意味合いになります。法律上は意思能力の無い人が行う契約行為などは、「無効」となります。(民法3条の2)

経営者が認知症を発症した場合、以下のリスクが考えられます。

  • 本人名義の預金が凍結されるリスク
    口座名義人が認知症などの理由で意思決定が難しい状態にあることがわかると、金融機関は本人の財産保護やトラブル防止のため預金口座を凍結する場合があります。
  • 個人資産(不動産・株式等)の売却や抵当権設定ができなくなるリスク
    資産を動かすことができなくなり、資金繰りに支障が出ることが考えられます。
  • 株主としての権利行使が不可になるリスク
    株主総会での議決権行使などができなくなります。行使しても後日無効になることがあります。
  • 事業承継や相続対策が進められなくなるリスク
    個人所有株式や事業用設備の売却・贈与ができなくなります。
  • 会社の社会的信用や顧客、取引先、取引銀行からの評価が低下するリスク
    認知症になると判断能力が衰え低下します。会社経営においては利益獲得の機会逸失や損失につながりかねません。
  • 経営者の問題行動によるリスク
    認知症では、感情のコントロールが難しくなり、ハラスメント行為や暴力行為などといった問題行動が出てしまうことがあります。これにより従業員が仕事に対するモチベーションも失うだけでなく、人材を流出させることにもつながります。

経営者の認知症に備えるべきこと

経営者が認知症になった場合でも、会社に与える支障を最小限にするための準備として、3つの対策が挙げられます。

  • 家族信託
    家族信託とは、家族に財産の管理や処分を任せる仕組みのことです。例えば、長男を受託者に指定しておくことで、委託者である社長が認知症になったときなどに、社長が所有している自社株式の議決権行使を長男に任せられます。これにより、万が一の場合にも受託者である長男が社長の代わりに会社経営を行うことができる点が家族信託のメリットです。
  • 任意後見制度
    社長自身が認知症になる前に自分の後見人を決めておく制度です。任意後見人は事前に決めておいた取り決めに従って契約できるため、家族信託よりも幅広い権限を持たせることができます。
    任意後見制度を契約した場合、社長の意思能力が低下した際に、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立て、任意後見監督人が任意後見人の活動を逐一確認することになります。任意後見監督人は弁護士などの専門職が就くことが一般的です。一方、任意後見人は、親族や知人を指定することが一般的です。
  • 属人的株式
    属人的株式とは、定款で株主ごとに議決権や配当、残余財産の分配に関する内容について、株主ごとに異なる取り扱いができるように定めた株式をいいます。あらかじめ後継者が属人的株式を持っておくことで、社長が「意思能力が無い」とされた場合であっても株主総会を開催することができ、会社経営を遂行することが可能となります。

予期せず経営者が認知症になってしまったら

  • 代表取締役の解任
    このままでは会社経営にリスクが生じるため、はじめに代表取締役を解任する手続きを取っていくことが考えられます。
    1)株主総会にて「取締役」としての解任決議(代表取締役資格は自動的に失う)
    2)取締役会にて「代表取締役」の資格のみ先に解任(取締役会設置会社の場合)
    ただし、取締役会にて取締役の意見が一致しない可能性もあることは留意しておかなければなりません。また、株式の大部分を代表取締役が持っていた場合、意思能力の問題が残り、後から株主総会の決議自体の効力が問われる場合もあります。
  • 法定後見制度を使う
    上記のような手続きを行ったとしても、認知症となった経営者個人の問題、「預貯金等が下せない」「契約が出来ない」などが残ります。そこで、認知症になった経営者について成年後見の申立を行うという方法が考えられます。
    代表取締役が成年被後見人となった場合には、取締役としての資格を自動的に失いますので、上記で述べた代表取締役解任の手続きが確定的なものとなります。
    その後は、後見人に選任された者が、経営者に代わって議決権を行使し、新たな代表取締役を選定していくことになります。

認知症のリスクに備えて

経営者が認知症になったとしても事業を継続し、あらゆるリスクを回避するためには、経営者の意思がはっきりしているうちに、事業承継の準備を始めることが有効です。また後継者を決めておくことと併せて、事業承継後の会社の体制も早めに構築しておくことが望ましいです。

日本人の平均寿命は男性80.98歳、女性87.14歳ですが、心身共に健康で自立した状態で生活できる年齢を示す「健康寿命」はそれぞれ72.14歳、74.79歳です。一方で、帝国データバンクの調査によると社長のうち70歳以上が4分の1を占めています。認知症のリスクはだれにでもあることを踏まえ、早めの準備で安心を手に入れることをお勧めします。

参考

  • 認知症疾患診療ガイドライン2017 – 日本神経学会
  • 厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業.日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究.平成26年度総括・分担研究報告書.日本における認知症の認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究班;2015
  • 厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業.都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応.平成23年度〜平成24年度総合研究報告書;2013
  • 全国「社⻑年齢」分析調査(2022年)  帝国データバンク 

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