消齢社会について
- 2024/7/1
- 診断士の視点
中小企業診断士 ・ 技術士(電気・電子部門) 池谷 卓
1.はじめに
私は外出中に食事をしたいけど時間のないときに、よく立ち食いそば屋を利用することがあります。近頃は、女性の方が一人で食事をしている姿を見ることが増えてきたなと感じていました。そこで、社会はこの傾向をどのように受け止めているのかについて、博報堂生活総合研究所の生活定点調査の結果を使って調べてみました。すると、女性が「立ち食いそばを食べるのは恥ずかしいか?」と言う質問に「YES」と回答した割合が、1998年の約30%から2022年には約10%と24年間の間で1/3にまで下がっていました。つまり、女性が立ち食いそば屋利用することは、もはや社会の常識にまで容認されているのです。
このように、定点観測調査は消費者や社会の価値観や行動変化を、その長年のデータを基に把握することができる貴重な調査データです。
昨年、博報堂生活総合研究所は、この定点観測調査に含まれる20年間分のデータを分析して「消齢化」と言う消費者像をあらわす新たなコンセプトを発表しました。そこで、本稿ではこの新たなコンセプト「消齢化」の概要とその対応に関してご説明いたします。
2.消齢化とはどのようなことなのか?
定点観測調査の年齢別調査(20代~60代)によると、「ハンバーグ」は好き?との質問に対して2002年に好きと回答した方の割合が一番多い年齢層と一番少ない年齢層の差は約40%も離れていましたが、2022年にその差は約19%と急速に縮まっています。ちなみに、両年度共に「ハンバーグ」が好きとこたえた人が一番多かった年齢層は20代で、一番少なかった年齢層は60代でした。(図1参照)
近頃は、結構ガッツリ系のレストランでも高齢の方の姿が増えていると感じていましたので、この結果は実感をもって納得できます。
また、家族に関することとして「夫婦はどんなことがあっても離婚しないほうがよいと思う」との質問に対しては、2002年に約24%であったものが、2022年には約8%とこちらも差が小さくなってきています。(図1参照)
確かに、以前に比べたら職場や周囲でも離婚した方が増えているようなので、こちらも納得できる結果です。
一方、逆に年齢による差が広がったものもあります。例えば、「テレビをみながら食事をすることが多い」については、2002年には最大と最小の差が約10%だったものが、2022年では約20%と広がっています。(図1参照)
このように縮まったものと広がった項目がありますが、その数を比較してみると圧倒的に縮まった項目の方が多くなっています。(20年間で広まった項目数27個に対して、縮まった項目数は172個と縮まった項目の方が圧倒的に多くなっています。)
そして、それは「食」、「家族」や「恋愛・結婚」の分野だけ限らず、広い分野で確認することができます。
以上の結果から、この20年間で年齢による価値観の違いが小さくなっていると言うことができます。そこで、博報堂生活総合研究所は、この年齢別の価値観や行動の差が小さくなる現象を「消齢化」と名付けました。
「消齢化」の理由は、特にシニア層の方々が技術革新や体力・気力面で「できる」が増えたこと、失われた30年の世代が社会の主役となって社会の常識・慣習面や価値観が均一化したことで、従来の「すべき、あるべき」が意味をなさなくなったことによります。このような背景から、将来においても「消齢化」は進むと考えられています。
確かに20年前に比べれば、スマホなど新しい技術を利用することによって歳の差を超えた情報へのアクセスがやり易くなりましたし、ユニクロなどの登場によって服装に関しても年齢による違いがなくなってきたと感じることができます。やはり、「消齢化」は進むことはあっても後退することはないと考えても良さそうです。
「消齢化」は年齢による嗜好、価値観や意識の違いが少なくなることを指しますが、これは世の中の多様化、個性化と矛盾しています。
しかし「消齢化」の概念では、同じ年齢層の中で個々は多様化、個性化しているけれども、それぞれの年齢層の共通化部分の割合は大きくなり、年齢層間の嗜好、価値観や意識の差が小さくなっていると考えます。
つまり、個々の多様化、個性化の流れと消齢化は、同時に進行することができているのです。このような「消齢化」は、消費者の購買行動やそのパターンに大きな影響を与える可能性があります。そのため、企業側も「消齢化」に対応する必要が出てきます。そこで次節では、もう少し「消齢化」について深掘りをしたのちに、ビジネス上の対処などについてご説明します。
3.消齢化にどのように対処すればよいのか?
ここまで理解できると、確かに今まで通りに「20歳代の顧客の行動はこうだから」とか「団塊世代はこのような嗜好だから」と杓子定規に年齢によって、顧客の価値観や行動を決めつける従来の考え方や手法だけでは、ビジネス上は不十分なことがあると判ります。
博報堂生活総合研究所は、従来のように年齢で消費者を分類する「よこ串」ではなく、価値観や嗜好等で分類する「たて串」の発想が有効であるとしています。「たて串」とは、例えば、「自然なおいしさ」、「素直な味わい」、「余計なものがないので安心できる」などを好む層とか、「清潔な身だしなみ」、「知性のある話し方、作法」、「自分を大切にする」スタイルや生活を好む層と言った具合に、消費者の年齢を意識しないクラスターに分類することです。(図2参照)
「消齢化」に対応するためには、消費者を従来の年齢や性別で分類していた「よこ串」ではなく、「たて串」でクラスター化して適切なサービスや製品などを提供することが重要になります。例えば店舗運営の場合、店舗のフロア構成を従来の年齢、性別によるゾーニングから、価値観や行動を基準としたクラスター毎によるゾーニングに変更したうえで、適切なサービスや製品を提供することが必要と言えます。
4.まとめ
以上「消齢化」の概要や対応などについて話をいたしました。
「消齢化」は、博報堂生活総合研究所ですらその本質を測定する軸(ものさし)を決め切れていない、未完のコンセプトです。しかし、「消齢化」は長年の調査の結果から明らかであるだけでなく、実生活でも実感できる現象です。
また、コンビニエンスストアなどでは、「簡単に食事を済ませたい」、「サステナブルに関心がある」や「季節のおいしいものをたのしみたい」などのクラスター向けた、おひとり様向けの総菜、お節料理やフルーツなど、高齢者高でなく若者や家族層にとっても魅力的な商品を開発する取り組みが進んでいます。
これからAIを含む技術開発・革新などによりさらに「できる」が増え、社会が高度に発展し常識・慣習、価値観が変化することで「すべき、あるべき」ことがさらに少なくなっていきます。「消齢化」は未だ完全に理解できていないコンセプトかもしれませんが、「消齢化」を社会の大きなうねり、大きな流れと理解することは非常に大切です。
また、先にも説明したとおり、「消齢化」は「よこ串」ではなく「たて串」をつかって顧客を分類するため、今まで以上に多くの顧客に対して訴求するまたは共感してもらえる可能性があります。そこで、中小企業の皆様においても「消齢化」を新たなビジネスチャンスと捉えて、たて串(クラスター)を選択し、そのたて串(クラスター)向けの製品やサービスの開発に注力して、ビジネス拡大を目指していただきたいと思います。