人手不足・人材育成の課題に直面する中小企業が実践している対応策とは?

中小企業診断士 石川 洋蔵

1.はじめに

現代の中小企業にとって、人手不足と人材育成はますます深刻な課題となっています。特に少子高齢化が進む日本社会では、労働人口の減少により、優秀な人材の確保が難しくなっており、これが企業経営に大きな影響を及ぼしています。筆者が診断士に登録したのは2023年9月ですが、それ以来多くの中小企業経営者の方とお会いし、お話する機会をいただきました。本記事では、人手不足と人材育成の課題にフォーカスし、筆者が知り合い、出会い、リアルに感じた中小企業の現状と、彼らがそれにどう向き会い、如何に対処してきたのかを綴っていきます。同様の課題に直面している中小企業経営者や、その支援者の皆さまにとって、少しでも参考になれば幸いです。

2.人手不足の要因

中小企業の多くは慢性的な人手不足に悩まされています。その背景には様々な要因が挙げられますが、そのうち下記の3つの視点について、私が知り合った中小企業の現状を交えて書かせていただきます。

①少子高齢化

日本では少子高齢化が急速に進行しており、働き手となる若年層の人口が減少しています。筆者の出会った大半の中小企業は東京・神奈川に本拠地がありますが、その多くが若手の採用に苦戦しています。都心の企業といえども例外ではないことを感じています。

技術者の不足

特にIT分野や製造業において技術者不足が顕著です。デジタル化の進展やDX(デジタルトランスフォーメーション)の需要が高まる一方で、専門的なスキルを持つ人材が不足しています。知人である川崎市内のIT中小企業経営者は技術者不足のため新規案件を辞退しています。また、都内のとある製造業では最新設備を操作できる技能者が工場長だけと聞いています。

③2024年問題

時間外労働の上限規制がされた「建設業」「物流業」などの業種でも人手不足感が強くなっています。よくお会いする中小企業経営者の中には、「人を増やしたいけど応募がこない…」と求人に悩む建設業者、「このままだと配送シフトが組めない…」と頭を抱える物流業者もいます。

3.人手不足が中小企業に与える影響

人手不足は、企業の運営全般に大きな影響を与えます。具体的には以下のような問題が生じています。

業務の停滞

必要な人手が確保できないと、業務の効率が低下し生産性が落ちます。また、従業員一人ひとりにかかる負担が増えるため、結果として離職率が高まる傾向にあります。ここ数年で10名以上(従業員の3分の1相当)の社員が減ってしまった製造業もあります。同社からは「パート社員さんがお休みのときに工程が止まってしまった…」というお話を伺いました。この課題への対応に一緒に取り組ませていただきましたが、まさに企業の運営全体に影響するものでした。

サービスの質の低下

十分な人手が確保できずに、顧客対応の質が低下し顧客満足度が下がることもあります。特にサービス業では、評判に影響して顧客離れを引き起こすことにもつながりかねません。ある日、「打合せを延期してほしい」とのご連絡を、支援先から受けたことがあります。トラブル対応とのことでしたが、内情を知っていたので、人手が足りていないことが原因だとすぐにわかりました。

事業展開の遅延

事業を展開しようとする際、必要な人材が不足していると計画が進まず、新しい事業への挑戦はもちろん、既存事業の展開にも遅れが生じてしまいます。「問合せは増えているけど対応できる人がいないし…」と事業展開をあきらめているサービス業の社長もいます。

4.人材育成の重要性と課題

人手不足に対応するためには、既存の従業員を最大限に活用し、その能力を引き出すことが不可欠です。ここで重要になるのが「人材育成」です。しかし、多くの中小企業が無視できない課題を抱えています。

教育リソースの不足

中小企業は、大企業と比べて人材育成に投資できるリソースが限られています。社内での教育・研  修の時間や予算が不足していることが多く、結果として従業員のスキルアップが遅れがちです。首都圏の飲食店では、社長がご自身で業務マニュアルを作りましたが、教育担当として頼りにしていた管理職が退職してしまい、新人教育ができないと悩んでいます。

スキルのミスマッチ

中小企業では新人を育成する余裕がないという実情があるため、即戦力となる人材が求められることが多いです。そのため、入社時に十分なスキルを持たない人材は、業務についていけずに早期離職するリスクが高まります。

管理職の育成不足

人材育成は一般社員だけでなく、管理職に対しても必要です。しかし、多くの中小企業では管理職の育成が十分でないため、リーダーシップ不足がチーム全体のパフォーマンスに悪影響を及ぼすことがあります。東京・埼玉に多店舗展開した飲食店では、社長から管理者に報告ラインが変わりましたが、その後、エース級の複数の従業員が退職してしまっています。

5.人材育成を強化するための戦略

人材育成を強化するためには、以下のような戦略を検討することが重要です。

OJT(On-the-Job Training)の活用

OJTは、実際の業務を通じてスキルを習得する方法であり、コストを抑えながら効果的な人材育成が可能です。OJTを効果的にするには業務標準化・マニュアル化が前提といわれています。先ほどのパート社員のお休みで工程が止まったという製造業での取り組みを少しお話します。工場長は、一見簡単に見える加工作業でも、文字や図だけの機器マニュアルでは新人には伝わらないことに気づきました。そこで、パート社員が担当する工程を、パート社員が休みや不在の時でも新人がカバーできる体制を作ろうと決めました。そして、該当する業務を優先的に標準化し、文字や図の他に動画も取り入れたマニュアル化に取り組んでいます。中小企業ではOJTに取り組むところが多いですが、業務標準化・マニュアル化を前提にした計画的なOJTが効果を高めるポイントです。

外部研修の活用

社内での研修が難しい場合は、外部の専門機関が提供する研修プログラムを活用することも有効です。特に、業界ごとの最新技術や知識を学ぶためには、外部研修が有効な手段となり得ます。ただ、いつ活かせるか分からない知識吸収型の研修だと、いざ使える機会が来たとしても月日が経つと忘れてしまっています。時間とお金をかけてじっくり人材育成できる大手ならそれでもいいかもしれませんが、スピードが重視される中小企業では、学んだことを即実践に活かせる研修を選ぶことも重要です。

キャリアパスの明確化

従業員が自分の将来像を描けるように、キャリアパスを明確に示すことも重要です。これにより、モチベーションが向上し、効果的な人材育成が可能になります。ただ、人によっては役職や給料、専門技能の習得よりも、やりがいや居心地の良さ、働きやすさだったりする場合もあります。従業員によって求めていることも多様化していますので、日ごろからの対話による確認が重要です。

デジタルツールの活用

最近では、eラーニングやオンライン研修が普及しています。これらのツールを活用することで、時間や場所にとらわれず、効果的な人材育成を進めることができます。こちらですが実は、未経験でもやる気さえあれば、無料ツールを組合せてオリジナルのプログラムを作ることができます。実際に筆者が関わっている複数の中小企業でも取り組んでいただいています。

6.人手不足の解消に向けた取り組み

人手不足の解消には、以下のような取り組みが考えられます。

活用働き方改革の推進

テレワークやフレックス制度の導入など柔軟な働き方を提供することで、働き手の多様性に応えることが可能です。子育てや介護と仕事を両立する従業員を支援する制度の整備も重要です。都内で広告業を営む経営者は10名の社員全員が原則テレワークです。取引先にも理解を求め、社内外の業務上に支障はなく、品質も一定レベルを維持しています。

外国人労働者の活用

海外からの人材を積極的に採用することも一つの解決策です。外国人労働者を受け入れる際には、言語や文化の違いに対応するためのサポート体制が必要です。私がご支援に関わっているサービス業の経営者は、ウクライナ人の雇用を今年10月から開始する予定で体制を構築中です。

シニア世代の活用

定年退職後のシニア世代の再雇用で、経験豊富な人材を活用できます。シニア世代が活躍できる職場環境を整えることも重要です。

障害者の雇用

障害者雇用は社会貢献と捉える方もいますが、間違いなく経営戦略です。業務を細分化し、仕組化・ルール化することで、彼らの能力を最大限に発揮させることができます。例えば、小田原市の製造業では微小な部品を箱詰めして梱包する作業、横浜市の飲食店ではお店の味を再現する料理作りなど、私が知っている中小企業で実践しています。いずれもすばらしい品質で、顧客満足度向上にも貢献しています。このように業務の最適化・効率化が図れます。

7.まとめ

中小企業が持続的に成長するためには、人手不足の解消と人材育成の強化が不可欠です。現代の労働市場において、優秀な人材を確保し、育成することは決して簡単なことではありません。短期的な解決策だけでなく、長期的な視点での取り組みを進めることで、これらの課題を克服することを求められます。 中小企業がこの課題に取り組む際には、国や自治体の支援制度も積極的に活用することも重要です。補助金や助成金、研修プログラムなどを効果的に利用し、人材確保と育成を推進することで、企業と地域の発展につなげましょう。例えば、神奈川県川崎市では川崎市産業振興財団がワンデーコンサルを3回分無料で提供しています。このような制度をうまく活用していくのも有効です。ご興味のある方はお気軽に当会までご相談ください。

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