新たな局面に入った事業承継問題~診断士が担う「承継後の経営サポート」~

中小企業診断士 作井 正治

日本の中小企業は生活に密着した財やサービスの提供者であり、最先端の技術や多様な地域資源を活用する担い手です。また、日本の従業者の約7割が働く雇用の受け皿にもなっています。一方、経営者の高齢化、後継者不在から、近年多くの中小企業が休廃業・解散を余儀なくされています。休廃業・解散によって多くの雇用が失われ、これらの企業が提供していた製品・サービスが消失してしまえば、地域経済・社会の活力は低下していくことになります。 このような事態を受けて国は次々と各種施策を講じてきました。この結果、中小企業の事業承継問題は改善傾向にありますが、新たな課題も出てきています。支援を担うべき私たち中小企業診断士はこの課題にどのように立ち向かっていくのか。最近の状況を踏まえてみていきたいと思います。

1.中小企業の事業承継問題の変容

①施策の変遷

休廃業・解散によって年々企業数が減っていくことに危機感を持った国は、2006年の「事業承継ガイドライン」公表後、2008年経営承継円滑法、2011年事業承継引継ぎ支援センター設置、2018年事業承継税制(特例措置)、2020年「中小M&Aガイドライン」公表など積極的に施策を展開し、中小企業(以下「小規模事業者」を含む。)の事業承継を推進してきました。

②「後継者不在率」は過去最低

2024年版中小企業白書によれば、経営者の年齢の分布が平準化傾向にあり、世代交代が進んでいることが窺われます。また、2023年の後継者の不在率は54.5%で2018年の67.2%以降、減少傾向にあります。官民挙げての取組みが少しずつ功を奏してきたことがわかります。

(出典)2024年版中小企業白書・小規模企業白書概要
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/PDF/2024gaiyou.pdf

③後継者決定企業における課題

②で後継者不在企業が減ってきたことに触れましたが、後継者が決まっている企業もいろいろ心配事があるようです。後継者決定企業を対象として、事業承継の際に問題がありそうなことを調査したところ、上位の3つは次のとおりでした。
 第1位 経営者の経営能力(28.0%)
 第2位 相続税・贈与税の問題(22.9%)
 第3位 後継者による株式・事業用資産の買い取り(22.5%)
このように後継者は決まっているものの、後継者の経営能力に不安を抱えている現経営者が少なくないことが分かります。

2.「経営の承継」における診断士の役割

新たな課題となってきた後継者育成は診断士が力を発揮できる領域です。ここでは、後継者が現経営者や経営幹部と一緒になって長期経営計画、事業承継計画を練り上げ、実行を通じて経営能力を身に付けていく過程と診断士の関わり方について触れてみたいと思います。

①会社の棚卸しと課題の明確化

事業承継は、経営の承継と財産の承継に分かれているとよく云われます。このうち財産の承継は自社株式や経営者が保有する事業用資産のことを指しますが、この承継は財産評価と財産移動に伴って税の問題が発生することから基本的に税理士が支援を担うことになります。一方、経営の承継は、経営者としての経営手腕・人脈や知的資産(ノウハウ)、取引先・従業員からの信用などの承継を指し、これらの承継について診断士が支援に当たる場面は少なくありません。現経営者が思い描く会社の将来「あるべき姿」は後継者のものと必ずしも一致しません。会社の棚卸しを行い、将来の「あるべき姿」を一緒に描き、その課題を明確化する過程を通じて、現経営者、経営幹部と後継者がコミュニケーションをとりながら「長期経営計画」を作成。その計画はできるだけ従業員や金融機関、取引先などのステークホルダーと共有していくことが重要です。この「長期経営計画」の作成に当たっては、診断士がSWOT分析によって内外の環境分析を行い、客観的にみた強み弱みを挙げるなど、計画の作成、実行に関わることで経営の承継を円滑に進めることができます。また、目に見えない知的資産(ブランド、組織力、顧客とのネットワーク)を掘り起こして長期経営計画の中に盛り込むことも診断士は支援が可能です。

②後継者の育成

後継者の経営者としての育成は時間を要する覚悟が現経営者には必要です。承継時期は経営者の年齢や健康状態により決めることとなりますが、承継時期の5~10年前から事業承継計画を作成し、その計画に沿って後継者育成を進める必要があります。社内の各部門の責任ある地位に就けたり、他社での勤務を経験させたりするほか、会社経営者二世などを対象とするセミナーを受講させるなど計画的に経営の承継を行うことが望まれます。

3.「中小PMI」で期待される診断士

事業承継は親族内承継、従業員承継のほかに第三者承継があります。第三者承継は、後継者不在の会社が株式譲渡、事業譲渡などによって会社や事業の経営権を第三者に承継するものです。 国は、事業承継のスピードを上げるため、それまで主に大きな会社で行われていたM&A(注)を中小企業にまで広げるため、2019年に「第三者承継支援パッケージ」を策定し、今後10年間で70歳以上となる後継者未定の中小企業数127万者のうち、黒字廃業の可能性のある60万者の第三者承継を促すことを目標として掲げました。(注)Mergers(合併) and Acquisitions(買収)

①増加する中小M&A

2019年版中小企業白書によれば、(大企業を含む)M&A件数は2019年には4,000件を超え、過去最高となったこと。未公表のものを含めるとM&Aが活発化していると推察されることをトピックとして取り上げています。さらに、第三者に事業を引き継ぐ意向がある中小企業者と、他社から事業を譲り受けて事業の拡大を目指す中小企業者等からの相談を受け付け、マッチングの支援を行う事業承継引継ぎ支援センターの相談社数と成約件数がともに近年増加傾向にあることからも大企業だけでなく、中小企業においてもM&A件数が増加していることが分かるとしています。

②成否を左右するPMI

PMIはPost Merger Integrationの略で主にM&A 成立後に行われる統合作業のことを指します。PMIはM&A の目的を実現させ、統合の効果を最大化するために必要なプロセスとされています。
国は、2020年に公表したM&Aガイドラインに続き、2023年にPMIガイドラインを作成・公表しています。その内容は次のとおりです。

    • M&A の目的を実現、効果を最大化する上で、 M&A の成立は「スタートライン」 に過ぎず、その後の統合作業(PMI)を適切に行うことが重要である。
    • しかしながら、中小企業においてはPMIの重要性についての理解が不足しており、PMI に関する支援機関も不足している。
    • こうした状況を踏まえ、事業を引き継ぐ譲受側が実施することが望ましい PMIの取組を整理 したものである。

また、同年中小企業庁と中小企業診断士協会は「中小企業の事業承継・引継ぎ支援に向けた中小企業庁と一般社団法人中小企業診断協会の連携について」を連名で公表し、M&A実施後の統合作業を中心に,中小企業の事業承継・引継ぎに対する支援について,連携し対応を進めることを宣言しています。このように中小M&Aの成否に重要なPMIにおいて私たち診断士の出番が求められています。
(参考)
中小M&Aガイドライン(第3版)https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240830002/20240830002-b.pdf
中小PMIガイドライン
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf

 

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