クレームとカスタマーハラスメント(カスハラ)の見分け方
- 2025/4/1
- 診断士の視点

中小企業診断士 長谷部 美喜
はじめに

近年、企業の顧客対応において、顧客が立場を利用して企業に過剰な要求や威圧的な態度や言動などを行う「カスタマーハラスメント」(カスハラ)が問題視されています。
カスハラを放置すると、企業にとって以下のようなリスクが生じる可能性があり、適切な対応が求められます。
【カスハラのリスク】
- 従業員のモチベーション低下や離職の原因になる
- カスハラや、それに適切に対応できない様子を目撃した他のお客様からの店へのイメージダウン
- カスハラ対応に時間をとられる事で、生産性の低下に繋がってしまう
- 従業員が被害を受けた時に、雇用主の「安全配慮義務」が問われる場合がある
しかしカスハラ対応時に企業を悩ませるのは、通常のクレームとカスハラの線引きについてです。カスハラは、企業側の商品やサービスの問題を指摘するクレームをきっかけに生じることが多く、企業が対応に悩まされる場合があります。
実際に私のクレーム対応経験では、明らかに悪意のある金銭要求よりも、通常のクレームがヒートアップしてカスハラに発展するケースの方が圧倒的に多いです。
では、どのようにして両者を見分け、適切に対応すればよいのでしょうか。本稿では、クレームとカスハラの違いを明確にし、企業として取るべき対応策を簡単に解説します。
クレームとは何か?

クレームとは、商品やサービスに関して顧客が抱いた不満や苦情の申し出のことを指します。その背景には、「顧客の期待」と「実際の提供価値」のギャップがあります。例えば、「商品に問題があり期待していた機能が発揮できなかった」「納期が守られなかった」「接客態度に問題があった」などが典型的なクレームの例です。
企業にとってクレームは貴重なフィードバックであり、適切に対応すれば、顧客満足度の向上や商品・サービスの改善につながります。
カスハラとは何か?
一方カスハラとは、顧客が企業や従業員に対して【社会通念上(常識的に考えて)、不適切な言動や要求】をする行為です。厚生労働省が示すカスハラの定義では、「要求内容が不当」または「要求の手段が不当」である場合にカスハラと判断されます。以下に例をあげます。
要求態度が不当なケース:怒鳴る、脅迫する、長時間居座る、暴力的な言動など
要求内容が不当なケース:正当な理由のない返品要求、過度な慰謝料請求、土下座の要求など
クレームとカスハラの見分け方
クレームとカスハラを見分ける際には、「要求態度」「要求内容」についてそれぞれ精査していく必要があります。
まずは、クレームを伝えてくる顧客の態度が攻撃的・悪質であれば、それはカスハラである可能性が高くなります。上記のように怒鳴る・脅迫する・長時間のクレーム等です。
次に、要求内容が正当かどうかを判断します。例えば、「商品に問題があったので交換してほしい」という申し出はクレームですが、「商品に問題があったので店長を出せ!土下座して謝れ!」などの申し出はカスハラに該当する可能性が高くなります。また「数年前に購入して使用した電化製品が壊れたので交換して欲しい」「店の駐車場で窃盗が起きたので、その分の金額を補償して欲しい」等の要求も、通常は企業が対応をする必要がない不当なものです。
また上記に関わらず、暴力行為や店の備品を壊すなどの犯罪・迷惑行為があった場合には、要求態度や内容に関わらずカスハラだと判断されることになります。
注意するべき点は、どこからを「過剰要求」でありカスハラだと判断するかは、企業の業種や業態、企業文化によって異なるという点です。
【例】
百貨店:顧客の要望に丁寧に対応する文化があるため、多少の厳しいクレームも受け入れられやすい。
格安ショップ:薄利多売のため、長時間の問い合わせや返品要求はカスハラと判断されやすくなる。
またクレームが発生した状況などによって、同じ顧客の態度でも社会通念と照らして不相当かどうか異なる場合があります。
【例】
顧客が長時間にわたり激高しながらクレームを言っているケース
- 飲食店のスタッフに愛想がなかったという理由で怒っているケースでは、問題に対して明らかに過剰な態度であり、カスハラと判断される可能性が高い。
- 医療ミスで家族を失った遺族が病院に怒っているケースでは、遺族感情を考慮すると、社会通念上は上記行為だけで即座にカスハラと判断することは難しい場合が多い。
クレームとカスハラの線引きについては、個々の企業文化、クレームが生じた状況に照らし合わせて考えていく必要があります。
企業が取るべき対応策

では、実際にカスハラだと判断される事例が生じた場合に、企業はどのように対応をすれば良いのでしょうか。
- 初期対応を慎重に行う
まずはカスハラだと決めつけず、出来る限り丁寧に冷静に話を聞き対応をすることが望ましいです。現場では、クレームへの企業側からの顧客対応への不満がきっかけとなり、カスハラ行為が起きてしまう場合が多くあります。いきなりカスハラと決めつけず、まずは通常のクレームとして丁寧に対応することで、顧客が徐々に落ち着きを取り戻し、カスハラを未然に防ぎながら、円満に対応を終えられるケースも多くあります。 - 事実確認を徹底する
「本当に企業側に非があるのか」「顧客の要求が適正か」を判断するために、問題が起きた際の詳細な状況や時系列、顧客の要望などを確認します。怒っている相手に色々と話を聞いていくのはストレスを伴う場合もありますが、不当なクレームは事実確認の段階で矛盾が出ることが多いため、冷静に分析することが重要です。 - 毅然とした対応を心掛ける
カスハラと判断された場合は、「そのような態度はこれ以上の対応はできません」「そのような要望にはお応えができません」と明確に伝えることが有効です。その場をおさめるためにカスハラを受け入れてしまいたくなる場合もありますが、繰り返し同様のカスハラが繰り返される、従業員のモチベーションを下げてしまうなど、悪影響に繋がる場合が多々あります。近年「カスハラ」という言葉の認知度が向上したことにより、企業側が毅然とした対応をとることについても理解が深まってきている現状があります。 - 記録を残し、チームで対応する
カスハラの可能性がある場合は、必ず記録を取りましょう。録音やメモを活用することで、万が一の際に証拠として活用できます。また、1人で対応せず、上司や複数人で対応することが理想です。 - 社内での研修とマニュアル整備
カスハラが発生した際の対応マニュアルを作成し、従業員に周知することが重要です。また、日常的にクレーム対応研修や対応ポイントの周知を行い、現場で顧客対応を行う従業員に対処スキルを身につけてもらうことが望ましいです。
おわりに
どんなに注意を行っていても、顧客対応がある限り、必ずクレームやカスハラが発生するリスクがあります。正当なクレームには誠実に対応し顧客満足度を高める一方で、カスハラには毅然と対応して従業員を守る環境を整備することが求められます。
企業が明確な基準を持ち適切な対策を講じることで、従業員が安心して働ける職場環境を実現できればと願っています。